「ありがとう」は〈有り難い〉自他の存在を認める〈有り難い〉言葉

2018-06-13 06:06:15

 

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「ありがとう」は〈有り難い〉自他の存在を認める〈有り難い〉言葉

私(たち)は,あなたのことを誰よりも精一杯愛している。

 

 

「生きる自分への自信を持たせる 
鍛地頭-tanjito-」副塾長の住本小夜子です。

 

 

本日のテーマは,
【〈ホンモノ〉の〈ありがとう〉】
について,私の考えを語らせていただきます。

 

 

まず初めに,「ありがとう」について国語辞典で調べてみました。

 

「ありがとう」の意味
感謝の気持ちを表す言葉。感動詞的にも用いる。
※原義は有ることがむずかしいの意。

(参考:三省堂 大辞林)

 

みなさんは,普段,どのような時に,
「ありがとう」と言いますか?
また,
「ありがとう」と言われた時,どのような気持ちになりますか?

 

 

「ありがとう」は〈有り難い〉自他の存在を認める〈有り難い〉言葉

 

 

私の場合ですが,
日々,特に,こどもとのやり取りで,
「ありがとう」と言ったり,言われたりしています。

 

ですが,その際に,ふと感じたことがあります。

 

それは,私からこどもたちへ「ありがとう」を述べる場合,
素直な心(気持ち)で感謝の意を伝える時と,
意図的に伝える時があるということです。

 

特に,後者はこどもたちを褒め,認め,「自己存在感」を持たせようと
企図している時が多いような気がします。
(注:後者の場合,こどもたちが良い行いなどを「褒めてほしい。」「認めて欲しい。」と切望しているだろうと(私が)推論した時が,特に多いと思います。)

 

世の中には,自分を認めて欲しい気持ちが強すぎるがあまり,
敢えて他者に「ありがとう」を言わせる言動を取る人もおられますよね。

 

「ありがとう」は相手のためにある言葉なのか?
はたまた,
自分のためにある言葉なのか?

 

 

 

 

 

我が家の教育方針の一つに,
「「ありがとう」と「ごめんなさい」が素直に言える思いやりを持った子になる」
があります。

 

この教育方針のねらいには,
どんな時も「感謝」を忘れず,相手を敬うことを,
幼い時からしっかり認識し,覚えてほしいという私の願いがあります。

 

平成30年8月13日(月)にアメーバブログに投稿した記事に,

があります。

 

そこには,次のように記述しています。

 

相手のことをしっかりと考える,また考えようとするのが「思いやり/
「優しさ」はそれを持つその人の内だけにあるもの

 

「優しさ」と「思いやり」の両者を兼ね備えて相手へ尽くすことは,
行動する側も,受ける取る側も,
とても心地よく,お互いが自然と笑顔になることでしょう。

 

 

 

 

 

以下は,私自身の育児体験を回想し,
かつて私が書きつけていたメモの一節です。

 

出産後,
育児という限られた時間が,
将来,こどものためにもなり,
また,家族や自分の幸せにもつながると信じ,
二度とないこの時を過ごしています。

 

育児をしていると,
自分の自由な時間なんてありません。
どこに行くのも,こどもと一緒。
ご飯が冷めるのも当たり前。
温かいものを美味しく食べたのはいつだったでしょう。
寝る時間も少なく,常に睡眠不足です。

 

ゆっくりしたい,自分の自由な時間がほしい。
そう思ったことはいくらでもあります。

 

けれど,こどもと一緒に過ごせる時間は限られます。
いつかは,子離れ・親離れしていくのだから,
いつまでも一緒にいることはありません。
こどもは,遅かれ早かれ自立し,自律していくのです。

 

だからこそ,
こどもが幼い時だからこそ,
こどもとふれあう時間を精一杯大切にしたいのです。
そして,たくさんの愛情を感じて成長してほしいのです。

 

すべては,こどものため。
家族のため。
自分のため。

 

こうした考え方であれこれと育児を行う私に,
最近,息子と娘が素直な心で,
「ありがとう!!」と言ってくれるようになったのです。
私も素直な心で「ありがとう!!」と思わず返してしまいます。

 

息子と娘が私を認めてくれている。感謝してくれている。
息子と娘は,私をしっかりと感じてくれている。

 

私は息子と娘の成長を認めている。
息子と娘が生まれてきてくれたことに,
心から感謝している。

 

お互い,かけがえのない,大切な存在なのです。

 

「ありがとう」は,
こどもたちが感謝の念をもって私の存在を認め,
私が感謝の念をもってこどもたちの存在を認める,
私たち母子(おやこ)の紐帯(ちゅうたい)としての,
大事な大事な言葉だったのです。

 

 

 

 

 

私たちは,常日頃,当たり前のように,
「ありがとう」と言ったり言われたりする環境にあります。
今こそ,他者のためにも,自己のためにも存在する,
「ありがとう」という言葉の〈有り難い〉意味を見直すべきではないでしょうか?

 

「ありがとう」は有る(=存在する)ことが難しいくらい,
優れた,もったいない言葉なのです。

 

 

「ありがとう」は〈有り難い〉自他の存在を認める〈有り難い〉言葉

 

「ありがとう」は〈有り難い〉自他の存在を認める〈有り難い〉言葉

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